遥かなる君の声 V 27

     〜なんちゃってファンタジー“鳥籠の少年”続編
 



          27



 地中深くの岩盤窟。火山帯があるでもないのに噴き出した途轍もない火柱の正体は、何と、精霊の中でも極めつけに大物の巨大獣、龍族が伏兵として待ち構えし罠であり。そんなものが潜んでいたことを見抜いたのみならず、仲間を見送ったその後、物騒な炎龍を足止めするべく、それは毅然として相対した白魔導師の桜庭が、再びの火炎攻撃を、両手に掲げ持った鉄扇を楯にして、真っ向から受け止めんとする構えに入る。その躯を少しほど斜めにして身構えたのは、先ほどの一撃よりも強いものが襲い掛かって来そうな予感があってのことらしく。果たして、

  ――― 轟っっ!

 周辺の空間ごと煮溶かしてねじ曲げるような勢いにて、小さな恒星もかくやというよな、それは威力を増した炎弾が襲い来たものを。二枚の扇面、今度は前後に重なり合わせての防御。接しての重ねではなく、腕での間隔を取っての重なりは、鋼の強靭さよりも水咒の効果を重ねてのことであったらしくって。衝突の衝撃が、真後ろにいた一休へも“どんっ”という重さの圧と足元を震わせる振動となって響いてこそ来たが、不思議と…炎による灼熱という呵責は微塵も伝わって来ないままであり。

  「哈っ!」

 鋭く尖らせた気合いもろとも、窟内の空気が向こうからの攻撃とは逆方向へとたわんで弾け。それは大きくも恐ろしい存在だった炎の飛礫は、ものの見事に砕かれて四散する。背後に庇われていた少年には何とも頼もしい、魔導師の青年のシルエットが、四方へと散った炎のかけらによって幾つにも揺れてのその後で、元の火柱だけが揺れる音のみの、聞きようによっては十分静かな窟内へと立ち戻る。
“す、凄い凄いっ!”
 その表へ水のエレメンツをまとわせた鉄扇という、咒と鋼の二重防御によって、岩礫へ豪火をまぶした炎弾からまたもや二人分の身を守った桜庭であり、
「そろそろ気がつけよ、ドラゴ。」
 姿勢を立て直し、亜麻色の髪をふるふると揺すり上げながら顔を上げつつ、相手を少々小馬鹿にするような語調で、そんなことを言い立て始めた彼でもあって。

  《 何ィ?》

 たった一人の、しかも今は精霊ではない…非力な人間である筈な存在を相手にし。ことごとく仕留め損ねている現状に加えての、この横柄な口利きへ。炎龍の声が低く唸ってざらついたそれとなる。天井も吹き抜けかと思うほどに高く、結構広い空間に、じわじわと充満するは、炎龍の不機嫌から来るそれなのか、どこか陰鬱な空気であり。だっていうのに、挑発めいた言いようのまま、桜庭は更に言葉を続けた。
「僕は何の精霊だったのか。君と言葉を交わす機会があったのは、僕が水の眷属ではなかったからだ。そんなことも忘れたか?」

  《 うぬう?》

 この言いようと相手の反応から察するに、やはりこの白魔導師さんは、目の前にいる龍と相当に古くからの“顔馴染み”であるらしく。まだ事情が通じ切ってはいない一休へ、こっそりと声をかけてくれたのが、
「無理から信じてくれなくたって良いんだけれど、実を言うと僕は、元は“風の眷属”って奴でね。」
 そんな今更な一言であり。
「二十年近く前に、とある高名な導師様に誓約を立てて、人間の器にその存在を収めることという契約をした。」
 言う通りにしないと、その人のいる庵房に近づけさせないって。ありとあらゆる種類の強力な結界を張ったその上に、僕がお目当てにしていた子供へも“あいつは悪魔の手先だから、近寄ったら殺されちまうぞ”と吹き込んでやるだなんて。幼稚なんだか恐ろしいのだか、よく判らない脅しまでかけられてね。
「は、はあ…。」
 返答に困るような昔話を
(笑)それは楽しそうに繰り出してから、
「それはともかく。」
 だよねぇ。
(苦笑) ややこしい前置きは置いといて、此処からが本題。
「炎は風に煽られると勢いが増すだろう? 風もまた、暖められると勢いを増しての突風になる。そんな縁があって、僕とあいつ、大昔は結構話も合う間柄だったんだ。」
 森羅万象、およその“世界”を構成する4つの要素。風、水、火、土。
「相性の良い悪い、お互いが相克関係にあってこそ、世の中もうまく回っている訳なんだけれど。」
「相克…関係?」
「うん。大雑把な言いようをするなら、火は水には弱くて土には強い。風は土に弱くて…というか歯が立たず、その代わり水には強いって具合でね。」
 にんまり笑った白魔導師、
“向こうが土を従えているのは、前々から承知していたことだったが。”
 だから、桜庭が元来携えていた属性だけでは,炎に加勢こそ出来はするものの、太刀打ちまでは出来ないところ…だったのだけれども。
“そんなこいつと此処で相覲えることになろうとは。しかも、無意識のうち、僕がまとったもう1つのエレメンツとの相性がこうもがっぷり四つだってのは、どういう仕合わせなんだろか。”
 養い子の果敢な気性がこっちへ逆伝播したものか、運命や宿命なんて信じないというのが、ここ最近の桜庭の信条だったはずなのに。こんな難敵を相手に、真っ向からの対峙を挑んでみろと、言わんばかりのお膳立て。

  「…こんな巡り合わせが待ってたなんてね。」

 小さく呟き、そのお顔を正面の炎龍の方へと向け直す。
「大昔に風の眷属だった頃、その権勢で従えた水精がいてね。」
 人間の殻器に収まることを了承しながらも、それでは…あの、何かしら言いようのない大きなものを背負いし坊やへの、先々でのフォローをこなし切れるものだろかという懸念があって。

  ――― それでと。桜庭がこっそり構えたは、1つの封印。

 何かひとつ、喪うことによるリスクが決して小さくはない何かへと、完全に封をして葬り去り、それで空いた空隙へと大きな力を充填する。対価交換の封印によって、人では持ち得ない咒力を居残した。だからこそ、人間では使いこなせぬ特別な咒をも操れる彼であり、
「そいつも結構大きな力を持つ精霊だから、さすがに此処へと呼び出すのは無理だが。聖なる地脈のせいで、借りてた力を増幅することは出来る。」
 鉄扇の要のところ、青い宝玉が象眼されている。両腕を勢いよく前方へと繰り出して、再び広げた大きな扇。指を広げて開いた扇の、幾本もの骨が集約されてる要の石が、それを覆うようにと支えている桜庭の白い手のひらを透かして、煌々と輝きを増してゆく。

  《 …な、何の真似だ?》

 炙られているような熱気が充満していた空間が、気がつけば…徐々に徐々に熱を下げており、
“…え?”
 炎の大きさは変わっていないのに、これは一体どういうことだろかと。周囲を見回した一休へ、
「…飛ばされないように、しっかりしがみついてなよ?」
 柔らかい声がかけられて来。ハッとした少年が再び、頼もしい背中へぎゅうとしがみついたのを確認してからという間合いにて、

  「覚悟しな、ドラゴ。」

 久々に顔を合わせた相手だ、そうまでの恨みはないけれど、これほどの炎をまとった身で、相手構わず邪魔をしに立ちはだかったその性根はやっぱりいただけない。手のひらの中、ぐんぐんと宝玉の光は強さを増してゆき、青みを帯びた冷たい光はやがては扇全体へと広がって、その周縁の空気からどんどんと熱を削いでゆく。
“…冷気?”
 光とその威圧の正体が、一休少年へも察しがついたその刹那、

  「刮目せよ、凍天の主っ。蒼き泉に眠りし、我が下僕、水龍っ。」

 厚みのある伸びやかな声が咒詞を一喝したその瞬間、桜庭の手元で閃光が弾け、窟内が凄まじいまでの光で満たされた。ただの光ではなく、
「わあぁっ!!」
 触れたところがそのまま冷え冷えと冷たくなるほどの、強い凍気を帯びた光であるらしく。一休は桜庭の背中、彼の背負いしマントの中へともぐり込んでいたのでその程度で済んでいたが、
“…うわぁ〜。”
 腕を伸ばしたままでいる桜庭の、そんな手元の隙間から周囲を見回せば。あれほどもの炎柱が数本もそびえ立ち、灼熱地獄のようだった窟内は、一転して…青く染まるほどもの冷気に覆われ、

  《 な、何を…。》

 こんな直接的な冷気には弱かったか。あれほどの威勢があった炎龍が、その動きさえ凍らせてしまい。身動きもままならぬまま、大きな双眸のみを炯々と光らせていたところへと、

  「またしばらくは逢えなくなるね。」

 屈託のない語調が却って嘘寒い。そんな呼びかけを最後に、桜庭は明るい色合いの瞳を鋭く尖らせると、自分の身の裡
うちへ咒力の螺旋を立ちあげる。人の殻器では到底収納し切れぬほどもの強大な咒力。感応力が高い者がこの場にいたなら、彼の頭上にクリスタルのような冷たい輝きを帯びた剣が育ちつつあったことへと驚愕したに違いなく。土と親しき水精に加担をし、土の精さえ凍らせるそれは激しい凍気を突き入れ。その隙を衝いて炎を封じる吹雪を浴びせかける、風の精霊、至極の咒。

  ――― マグナ・カスケードっっ!






            ◇



 また、どこかの地盤が揺らいだか。
「お…っと。」
 あまり居心地のよくない地響きが伝わって来た。地中深いこんなところにいて、地震や落盤なんぞが襲い来ればひとたまりもないと、重々判ってはいるのだが。
『俺らだけが地上でのうのうとお留守番ってのもな。』
 他力本願は嫌いだし、これ以上の義理を相手へ支払うのは何だかけったくそ悪いしと。そんな意固地な心持ちから、あの巨大な邪妖獣を倒した後も、先へと進んだ連中を追うように、地中深くへと歩みを進めていた彼らであり。
「咒力とやら、奪われたのが ちーと苛つくな。」
 せめてどこまで進んだかという気配くらい、探査出来れば良いものをと。あの僧正に炎眼の素でもあった闇の咒力を奪われたこと、今になって悔しそうに口にした弟へ、
「日頃はあまり活用してもおらんかったくせに。」
 苦笑混じりに兄が揶揄し、
「う〜るせぇょ。」
 先へと進んだ弟が振り向かないまま背中で返す。ついつい小さく口元がほころんだのは、周囲の闇に紛れさせての内緒にしたものの、

  「…お。」

 暗闇の中をロッククライミングで下降するという、なかなか難しいこと、手掛けていた二人が辿り着いた地の底には、ほわりふわりと、蛍火の親方みたいな光り玉が幾つか浮遊しており。淡い光の中に、先客の姿をぼんやりと浮かび上がらせる。
「…阿含さんっ、雲水さんっ!」
「よお。やっぱ、こっちを通ったか。」
 一休少年が見つけていた近道を、彼らも知ってはいたらしく。一刻を争う状況下、迷う事なく同じルートで追って来た彼らであったらしいのだが、そんな二人へ飛びつくようにむしゃぶりつくと、
「ああああ、あのあのっ! お二人は回復の咒を使えませんか?」
「? ああ、形式咒でよけりゃあ。」
 聖なる精気に働きかける、言わばおまじないの延長のようなレベルのものだが、気力や集中力などなどの能力値が高い者が使えばそれなりに効果も高い。
「この人に、かけて下さいっ!」
 必死な様子の一休がすぐ傍らに寄り添うていた存在。消耗した誰かがいるとは気づいていたが、
「…これは。」
 この二人が思わずのこと、息を引いてしまったほどの惨状。浅い色合いだった導師服もズタズタなら、そのあちこちから覗く傷も、深いものへはまだ濡れたままな鮮血をこびりつかせており、たいそう惨たらしくて。それに何より、
「白魔導師の兄ちゃんじゃねぇか。」
 気配があまりに弱かったから、誰であるのかが判らなかったのだと、そんな順番に阿含が眉を顰めて見せる。自分へあれほど手を焼かせた導師の一人。咒を封じる鋼の網さえ分解した特殊な咒をも繰り出せたは、並大抵のレベルではない筈で。そんな彼がこうまでも、痛々しい姿になっていようとは。
「俺んコトずっと庇っててくれて。そんなままで、そりゃあでっかい龍との一騎打ちをして…。」
「龍だとぉ?」
 これが平生聞いた言葉なら、何を寝ぼけたことをと一笑に付したことだったろうが、現に自分たちもついさっき、とんでもなく大きな魔獣を仕留めて来たばかりの身。
「…判った。」
 それでなくたって、彼らには加勢するつもりでいた炎獄の兄弟だ。一休を退かせ、その代わりのように傍らへと片膝突いて寄った雲水が、
「……………。」
 眸を伏せると、口の中で何かしらの咒の文言を唱え始める。本人に咒力や精霊への呼応力がなくとも、自分の生気を澄ませた上で順を踏んでの咒を唱えれば、周囲の精気が集まってくれて、簡単な治療や回復が出来る初歩の咒。普通一般の導師が最初に学ぶそれを、彼も学んでいたらしく、仰向けに横たわる桜庭の胸元へ、手のひらをかざして、
「…っ!」
 何かしらの念を、強く送って見せたものの。
「………何故だ?」
 何の変化もない。そんな筈はないというのは阿含がようよう判っており、
「そんな筈はねぇ。」
 ほんの切り傷以上の結構大きな怪我だって、きっちり塞げた筈なのにと。それを施してもらったことがあればこそ、こんなことはあり得ないと声を張った彼だったが、

  「ダメなんだ。」

 そんな彼らの真下から、力の籠もらぬ声がして。
「こうまでの重傷ともなると、自然治癒かあるいは、指定した人物の回復咒でないと治せない。」
「な…。」
 それが、そんな大変なことが、自分でも判っているのだと。そんなところからの落ち着きで物を言うのが、重傷を負った当のご本人。雲水とは反対側からその傍らへと屈み込み、地に手をついて、何物かから庇うかのように…そのくせ、不安そうなお顔で覗き込んでくる一休少年へ小さく笑って見せて、
「僕が、精霊という存在から人の器に収まることを呑んだとき、でもそれじゃあ、先々できっと何かしら大きな存在になりそうだと見込んだ妖一の、様々なフォローを完遂出来なくなるかもしれないと危ぶんでね。」
 そこでと繰り出したのが、対価交換の封印。
「自分の身の上のとあることを代価に、咒力の相当部分を残しておいたんだ。」
 それをもぎ取ることからこうむるリスクが、決して小さくはない何か。それへと敢えて封をして、その代償に大きな力を迎え入れる。そんな封印を自らへ施した結果、人では持ち得ない桁の魔力を依然として持ち続け、いつまでも老いない身でいられた桜庭であったのだが。
「…じゃあ、その代価っていうのが。」
「そう。自分で自分に唱えられる治癒咒レベルの半分以上、そうまで重い傷病疲弊を負ったとき、指定した人物からのそれでないと効かない、とね。」
 これでも、あり得ないような事態ってのを結構考えたんだけれどもねと、弱々しい苦笑をし、
「その指定した相手ってのが妖一なんだ。」
「ちょっと待て。」
 話途中で口を挟んだのは阿含であり、
「あいつは確か、黒魔導師じゃあなかったか?」
「基本の治癒咒は使えるさ。」
「それって、根本的に咒力がない俺らでも取得出来る“形式咒”だろうがよっ!」
 そんな奴が唱えるレベルの治療咒じゃあ、自然治癒とさして変わらない。
「それに…。」
 今、此処にいない存在だ。視線を向けられた一休が頷いて、先にそびえる岩盤壁へと視線を移す。さっきまでは炎柱が立ち塞がっていたその先へ、僧正を追って行った彼らであり、
「万が一にも戻って来なかったらどうすんだよ、お前。」
 じっくりと回復に専念すれば、あるいは自然な治癒でも、立って歩けるまで回復出来なくもなかろうが、

  「…いいんだ。
   妖一が戻って来ないんなら、生きてたってしょうがないんだし。」

 だからこそ、そんな代価を捧げた自分であり。そしてその祈りは、先の先にてこういう巡り合わせが来ることを見越してだったのか、すんなりと通った。

  “…でもやっぱり、僕は運命なんて信じない。”

 だから。妖一がぶつくさ言いながら治してくれるに決まってるってと、はんなり笑った白魔導師さんへ、
「…あんたなぁ。」
 何と言い返して良いものやら。3人の炎獄の民の皆様が、半分呆れ、半分案じて、しょっぱそうなお顔になったのは、言うまでもないことだったりした。








 
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  *また何だかペースダウンしてきましたが、
   とりあえず、桜庭くん頑張るの巻でございました。